川手良則公の墓参り。

先日、長松院にある謎のお位牌がどなたのものか判明しましたが、今日は思い立ってその人物「川手良則公」の墓参りに行ってまいりました。

 

川手良則公は、元は武田→徳川の家臣で、家康に命じられて直政公の直臣となった人物。

また直政公の姉である高瀬姫を娶ったことから直政公とも縁の深い人物。

お位牌を預かる寺の住職としては、一度は墓参しておきたい。

そんな思いから、月参りが終わってその足で出かけました。

 

お墓の場所は、地元歴史研究家の増田さんに伺い、ある程度は分かったつもりで行きましたが、近くまで行ってからが大変。

周りは全て田んぼで、しかも標識も何もない。

ここかな、いや違うな。

かれこれ30分ほども彷徨ったでしょうか。

共同墓地に生える背の丈ほどもある雑草の茂みを超えたあたりにそのお墓はひっそりと建っていました。

 

左が川手良則公、右手が孫の川手良富公の墓石。

長く人の参った形跡もなく、周囲は荒れ放題でした。

無縁になるというのはこういうことなのだなあ、と感傷的になりながら、線香を供えお経を一巻挙げて来ました。

 

川の字は、河の場合もあるようです。

川手主水父子、とありますが、実際は祖父と孫。

色々ややこしいことがあった家系のようですね。

墓石は半分に折れ、放置されていました。

幕末にお家再興を果たしたようですが、その後の消息はわかりません。

長松院のお墓もそうですが、名のある人のお墓が荒れていくのは忍びないものです。

今後も近くに寄った際には手を合わせていこうと思います。

合掌。

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コメント: 2
  • #1

    野田大燈 (水曜日, 20 9月 2017 07:53)

    長松院の歴史を感じますね。大燈

  • #2

    長松院 (水曜日, 20 9月 2017 07:57)

    野田老師。ありがとうございます。川手公も喜んでくださっていれば幸いです。やはり彦根は歴史の街で、長松院はその一端を担っていると思うと少々住職として誇りに思います。
    また今度は観光にいらしてください!